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卒業式後の、所属していた部活の飲み会が小雨の降る冷たい朝方、終わった。
気付けば阪急三宮駅から発車する始発の列車が視界に入ってきていた。
自分の声もかすれていた。
バス停で雨宿りをしていると、一人の後輩の女の子が手紙をくれた。
恥ずかしいので家に帰ってから読んで下さい、と言う。
その時やっと「ああ、もう僕は卒業するんだ。今がその時なんだ」と悟ることができた。
下を見ると、雨に濡れた革靴が光る。
慣れないスーツを着ても、ちっとも卒業なんて意識できなかったのに。
それから、まだ一緒に雨宿りをしていた先輩、同級生、後輩一人ひとりに握手して周った。
一人ひとりしっかりと目を見て、強く握手した。
また本当にみんなに会えることを楽しみにして。
繋がっている、これからもずっと、そういう気持ちを僕は右手に込めた。
「いつでも帰ってきてください」
「また飲みましょう」
「神戸に帰ってきたときはぜひ連絡ください」
みんなからのこれ以上ない言葉を受け取った。

照れるじゃない
最高に嬉しいじゃない
でも少し、寂しいじゃない

今の時代、会うという概念が変わってきているなという話を盟友・カナーケンとした。ブログやSNSでのやりとりで友人の近状から髪型が変わったことまでわかる時代。無料でテレビ通話もできちゃう、もうそんな時代なんだよ。そういったことももはや「会う」というポジションに位置づけることにすると、俄然、一対一で「会う」ことに真の意味が出てくるのかもしれない。
でも、寂しいけど、みんなと一対一で会える機会なんてたくさん作れない、それが現実なのか。

僕は寂しがり屋でいて、すぐに気が抜けるタイプ。
でもみんなが頑張っていたり、強く生きていこうとしてもがいているのがわかれば、また気合が乗ってくる。
負けないぞーってなれる。
実はすごく弱い人間なんだ。

だから、今の時代に託す。

みんなの文章や写真を見て、純粋に元気をもらいたい。
その分、僕もどうにかして恩返しできたらなと思う。
実際恩返しといえるほどのことは何もできないと思うけど、
こんな僕を慕ってくれる同回生のみんなや先輩・後輩とは
ただ繋がっていたい。
そして、誰にも負けたくない。
そんなみんなに胸を張って生きていけるように
絶対逃げずに、言い訳ばかりせず、前向きに、がむしゃらに
毎日を強く生きていけるように近くから見ていてほしい。


後輩からもらった手紙を次の日の夜ようやく読めた。
僕はこういった手紙や合否がわかる書類が入った封筒など、とにかく大事なことが書かれた諸々の手紙をいつ、どこで読めばいいかわからない。
なんだかしっかり自分の気持ちの整理をして、正座して向き合いたいと思っちゃう。
この時もやっと一人になって静かに向き合える時間ができたのがこの時だった。

手紙には僕とあの子だけの思い出がいっぱい詰まっていた。
(別にやらしいことはなかったよ、まったく!)
こんな僕と出会って自分は変われたということを
等身大のあの子の言葉で、ぎっしり書いてくれていた。
純粋にびっくりした。
何度も読んだ。一人っきりの時に。
なかなか僕自身シンプルに生きてきたのかな、と思えた。
本当にありがとう。
自信が湧いたよ。
色々あると思うけど、がんばるんだよ。

4月からはいよいよ東京で研修が始まる。
事前に勉強しとけと言われたものを結局ひとつもしなかった。
すごく怖いけど、後悔はない。
1,2,3月を怒濤に駆け抜けてきた気がするから。

3月26日
最後の最後に2つ上の尊敬する先輩が飲みに連れて行ってくれた。
僕は大学に入ってから2年後は絶対この人に負けないという気持ちを胸に生きてきた部分がある。
こんなにもゆっくり話させてもらったことは初めてだった。
やはり今でも変わらず、僕の随分前を走り続けてくれていた。
ただかっこよかった、嬉しかった。
そして、やっぱり負けたくないと思った。
したたかで謙虚な話し方の中に
自分をただ信じて生きている心意気が感じられた。
「社会は雑音だらけだけど、自分の芯をシンプルにつくっていく」
僕にもそれができるかな。
本当に社会人になる前にお話できて良かったです。
ありがとうございました。

出発前日は、朝にじいちゃんの墓へ挨拶にいこう。
「立派な青年になれよ」という最期の言葉を残して
天国にいったじいちゃんと色々話してくる。
昼は、明石の最強喫茶・てらこやのマスターに会いに行こう。
夜は、家族がなんか食事会を開いてくれるらしい。

スーツケースの用意をしよう
もう腹はくくっている
修行だから全てが自分に還ってくるはずさ
外は寒くても桜はもう咲き出してるじゃないか
なんていう世界なんだろう

僕はこれから楽しみながらモガくよ
今年は勇気と思いきりの年なんだから

桜はもう咲き出してるじゃないか
なんていう世界なんだろう


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湊川グルメ2階にある肉屋のホルモン串が大好きだ

中学の頃、財布の中身と相談してよく食べた

今日は3本も食べた、180円で立派な大人気分に




今日スーツを買いに行った

紫色のネクタイも買って家でおかんに見せた

「紫は今年の流行りやからね」とおかんが立て続けに2回言った

おとんが洗面所でバリカン片手に散髪してた

後ろをおかんが手伝うと一瞬でおとんの後頭部の一部が禿げた

おかんが今までに聞いたことのないような大声で笑った


背中に脂がついた

乳にも脂がついた

肉がついたというよりも完全に脂

4年間お世話になった兄貴のラーメン屋のバイトが今日で終わった

片付けの時間はいつも兄貴と色々討論するがそれも今日で最後

いつもよりゆっくり洗い物をしたこと、気付かれてなんかないよね


以前の日記で総記事数100件になっていた

大学1年の12月から始めたこのブログ

新しく「3行日記」始めて、これからも立派な青年になる日まで

一生こんな感じで生きてけないのかな

バカなことに熱くなってずっとゲハゲハ笑って

でもいつも少しの感動が生まれたりなんかするギャップのある人生を



18日間の男3人北京・タイ・インドの旅、行ってきました
お久しぶり
無事に帰ってこれて「お寿ぶり」って感じだよ

3月4日に帰国したんだけど、インドから持って帰ってきた
「下痢→異国の薬効きすぎての胃痛」に悩まされ、もがき苦しみ、
ふふふ治った!と思ったら、個人同窓会をバンバン開くことになり、
そして気付いたら部活の卒業ライブのため、睡眠時間を削って削って・・・
帰国してから大変楽しい有意義な毎日を過ごしてはいたのだけど、
もうゆっくりあの旅を振り返る時間なんてなかった

それほど僕にとって、この2週間は大事な時間だった

多くの人から話を聞き、熱い話をネチネチ朝までやり、
ヘラヘラしながらも自分たちがおもしろいと思うものを意外と必死になって作っていた

それがいっぱい報われた気がしてる、いま
だって最高に楽しい2週間だったから

あの旅だって本当にいろんなことがあったんだよ
でも、それを全部書ききれない
僕の文章能力じゃ・・・というよりも
実際もう忘れていってる思い出だってあるはず
それはそれはとても寂しいことで、
出来れば全ての会話、全ての匂い、全ての目に映ったもの・・・
ぜーんぶ隅々まで覚えてて、忘れず、いつでもニヤニヤしていたい


とてもいい写真が多い

デジタル一眼レフを年末に買って本当に良かった
あの旅で一番気に入ってる写真を今日は最後に載せます

北京で行った天安門広場や万里の長城、タイのパタヤビーチ、
インドのタージマハルや聖なるガンジス河とかで撮った記念写真ではないの

本当に最後、僕らの18日間の旅の最後に撮った一枚が僕は最高に好きなんです
この一枚に全てが凝縮されてるみたいで・・・
その日(3月4日)、北京で飛行機を乗り換え、
日本にヘトヘトで帰ってきて(みんな下痢や胃痛で腹痛めてます)、
それでも三宮駅の人がいっぱいの所で撮った最後の記念写真

これだけを載せて、あの旅を強引に振り返ることはやめよう
やっぱり無理やりはダメだ
全てを受け入れ、シンプルに、自分に素直に生きることが大事なことを
僕はこの旅で教わったはずなんだ

卒業する前にインドを旅できて、本当に良かった
強く生きていこうと肌で思い、感じ、決心した

最後に、
金欠だったのに必死にバイトして金貯めたたーみー、
ガンジス河で23歳を迎えたしみちゃん、
僕は君たちと出逢い、学生生活最後に一緒に異国を旅できて
本当に良かったと思っています

ありがとう、謝謝、コープクンマーク、ダンニャワード



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