上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ipone snap 013

バリの旅は自分と日本を客観的に見る素晴らしい時間だった。
加えて日本へ帰ってきて一週間が経ったが、この一週間が入ることによって
さらに「自分」と「日本」を自身の中でしっかりと考えるようになった。
いや、考えるようになったというか、さらにわからなくなった。
奥深さとでも言おうか、森のような山のような。

今回は日記をそのままつらつらと書き続ける。
あまり読み返すことなく、ベシャっと書き連ねる。
少々長くなること、そして誤字脱字が多くなることがすでに予想できるが、それはすべてインフルエンザのせいにしてお許しください。


1、バリの人はみんな引くほど優しく、また日本語が話せる。


クタ地区と呼ばれる繁華街にて

バリ人:「ドコ行クノ?」
私:「両替屋。近くにレートのええとこある?」
バリ人:「アルヨアルヨ!コッチ。連レテッテアゲル。」
そう言ってわざわざ10分ぐらい一緒に歩いて連れて行ってくれた。
最初は頑なに断って無視して歩いていたが、無視するほうが逆に疲れるほどに次々と現地人に話しかけられるため(それも全て流暢な日本語で)、次第に情報集めは旅行代理店に行かず、現地人に聞くスタイルに変わっていた。

バリ人:「タクシー乗ル?」
私:「いいです。」
バリ人:「ナンデヤネン!」
この会話を何回したことか。こればかりはイラッとし、完璧に無視してスタスタ歩いていると、いつも20秒後ぐらいに背中ごしで小さく「ナンデヤネ~ン」という寂しい声がまた聞こえるの。

バリへ向かう飛行機の中でバリ旅行本を何冊も熟読していると、「現地の日本語をうまく操って話しかけてくる人に注意しろ!ひつこい場合は完璧に無視して歩き続けろ。その時にひったくりにも十分注意してね。」といったようなことがどの本を見ても太字で強く書かれていた。また、旅行代理店でも同じようなことをひたすら注意された。そのため私は億劫なほどそれらを気にしていた。なので一日目、二日目はやはり現地の人の異常なまでに話しかけてくるスタイルに疲れ、「あーもうしんどい。ウザイ。トホホ。なんであんなに日本語しゃべれるの。サムライを舐めやがって」と、悲痛な叫びをベットの上で延々とあげていた。

しかしこれでは楽しくない、しんどい、何よりもバリに来てカルチャーを学びに来たのに自ら遮断しているじゃないか。これじゃあ意味がねー、これじゃあ引きこもりのニートだ、俺はサムライだと立ち上がり、思い切って現地の無数にいて話しかけてきた自称・ツアーガイドの中の一人であった「アミン」という人にツアーを依頼した。アミンはクタ地区にあるHISクタ支店の真ん前で怪しい笑顔で私達に話しかけてきた。陽に焼けた生粋のバリ人に見えた。なになに旅行代理店を通してツアーを頼むと一日一人18000円ぐらいするところをアミンは
「二人デ一日4500円デイイデス!安ッスイネー!」
と怪しすぎるほど優しい言葉で私達を誘ってきた。ちなみにツアーというのは丸一日車をチャーターしてどこにでも行きたいトコに連れて行ってくれるというもの。ツアーガイド、車、ガソリン代全て込み。遺跡や高原、レゴン・バロンダンス、ケチャファイヤー、寺院・・・そういった所に数多く行きたかった私にとってやはりアミンの言葉はかなり怖かったが魔法の呪文のように聞こえた・・・・・
もしボッタくられたらどーしよう、袋叩きはよしてくれよ、でも金は盗らないで・・・・・
その時一度は断ったものの、それから約一時間後に遠く離れた通りで一体どうしようかなー・・・っと考え困っていたときにまたしても笑顔のアミンにばったり会った。
これはもしかすると私の信仰しているシンクロニシティ・・・神様がこのアミンに頼めばいいじゃない?と言っているようなものではないか?きっと大丈夫だ。ほら、よく見たらすっげー優しい目してるじゃん!他の現地の自称・ツアーガイドのオッサン達よりガサガサしてないし、本当に親身な感じだ、ブッタみたいな笑顔だ・・・
そう思い、私はアミンと固い握手を交わした。

勿論この時は次の日に起きる様々な出来事を全く予想できていなかったのが。
次回は
2、アミンという人
をお送りします。では。


スポンサーサイト

今から1週間弱ではあるが、インドネシアはバリ島へ
武者修行の旅へ行って参る。
厳格なヒンドゥー教徒の人と私のような無宗派な人との
何げない話に、一体花は咲くのだろうか。
頼みの綱は、日本より持って行く「アワ玉」と「チェキ」
あちらは赤道近くな国なもんでさぞかし現地の人も糖分が欲しくなるでしょう。
そんな時に、これ舐めてごらん作戦。
きっと話に花が咲くでしょう。
そこで味を占めれば、次はチェキ。
いくらヒンドゥー教徒でもポラロイドカメラには
テンション上がるでしょう。
そういったことやなんやかんや自分らしく、
型にはまらず、旅をして参るでごさーるTV

そろそろこの文章上で私のテンションがかなり
あがってしまっているようなので、このへんで。

関西国際空港 ロビーにて






GOINGKOBE09に出演していた泉谷しげるのライブは
その日自分が観たどのバンドよりもかっこよかった。
足を引きずりながら登場し、観客に罵声と水をぶっかけ続け、
汗だくになってハイタッチを繰り返す。
「年長さんなんだから少しは気を使え」と言うが
「俺はまだまだお前らに負けん」という言葉に変換されて聞こえた気がした。

昨日の夜、久しぶりに自宅でゆっくりテレビを見ていると
TBSのニュース番組でビートたけしが司会をしていて驚いた。
大体の仕事を安住アナに任せ、自分は自分と言わんばかりに
ニュース番組とは思えないビートたけしらしいコーナーまであった。
番組の終了間近に清志郎さん死去の一報を受け、
ビートたけしは清志郎さんとの思い出を追想し続け、故人を偲んだ。

なんともいえない気持ちになり、そそくさと風呂に入り、自分の部屋に。
昼間に図書館でたまたま手にし借りてきた『武士道』という分厚い本を読む。

武士道とは、武士が守らなければならない「道」であり「掟」であり「義務」である

今でも武士道は精神であり、時代を超えて、形を変えて生き残っていると思った。
才能だけでなく、仁徳を兼ね備え突き進む人々に少なくとも自分は影響されている。
そしてさっきなんともいえない気持ちになったのは
自分が22にしてまだまだすぎると感じたからであろう。
というよりもスタート地点にさえ立てていないといった境地か。
甘さ・逃げ・腹をくくれていない
自分の目の前に頂上の見えない山々が連なっている。

まだまだすぎる。
がしかし楽しみでもある。
この一年はそういった山々を出来るだけ探したい。気付きたい。




| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2009 fujimotv, All rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。